古い思想の戦争のまま始められた第一次世界大戦は、開戦当時には予想もしなかった結果をもって終了した。長期にわたった戦争は膨大な犠牲者を生み出した。戦闘員の戦死者は900万人、非戦闘員の死者は1,000万人、負傷者は2,200万人と推定されている。国別の戦死者はドイツ177万人、オーストリア120万人、イギリス91万人、フランス136万人、ロシア170万人、イタリア65万人、アメリカ13万人に及んだ。またこの戦争によって、当時流行していたスペイン風邪が船舶を伝い伝染して世界的に猛威をふるい、戦没者を上回る数の病没者を出した。
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これまでの戦争では、戦勝国は戦費や戦争による損失の全部または一部を敗戦国からの賠償金によって取り戻すことが普通だったが、第一次世界大戦による損害はもはや敗戦国に負わせられるようなものではなかった。しかしながら、莫大な資源・国富の消耗、そして膨大な死者を生み出した戦争を人々は憎悪し、敗戦国に過酷な条件を突きつけることとなった。
ヴェルサイユ体制
第一次世界大戦は、ヨーロッパの君主制の消滅をもたらし、旧世界秩序を決定的に破壊した。ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国、そしてロシア帝国の4つの帝国が分解した。ホーエンツォレルン家、ハプスブルク家、オスマン家、そしてロマノフ家の4つの王家は中世以来の権力を持っていたが、この戦中あるいは戦後に没落した。また、中立を宣言したイランのガージャール朝も、トルコ・ロシア・イギリス両陣営の戦略の中に巻き込まれ、開戦前までに弱体化していたとは言えますます混迷を深め、終戦後間もなく、有力将校のレザー・パフラヴィーにクーデターを起こされ、数年後には帝位の座も彼に取って代わられた(パフレヴィー朝)。そしてこの戦争は、ボリシェヴィキがロシア革命を起こす契機となり、20世紀に社会主義が世界を席巻する契機となった。
1919年にパリ講和会議が始まる。ドイツでは皇帝家であるホーエンツォレルン家を始めすべての王侯貴族が追放された。またヴェルサイユ条約により巨額の賠償金を課せられたために激しいインフレーションが引き起こされた。さらに条約によりドイツ人が居住する領土を割譲させられたことで、ルール問題、ズデーテン問題、ポーランド回廊問題が発生した。これらの問題は第二次世界大戦の直接の原因となった。
オーストリアでも600年以上に渡って君臨してきたハプスブルク家が追放された。多民族国家だったオーストリアは、サン=ジェルマン条約により、民族自決の大義のもと旧帝国内の地域がこぞって独立、従来の4分の1にまで領土を減らされ小国に転落した。中央ヨーロッパには新しい国家チェコスロバキアとユーゴスラビアが生まれ、ポーランドが復活した。
オスマントルコはセーヴル条約により多くの領土を減らされた。この時イギリスがアラブ人とユダヤ人の双方にパレスチナでの国家建設を約束したことが後のパレスチナ問題につながってゆく。オスマントルコは講和締結をめぐる論争の中で崩壊し、近代民主主義国家トルコが誕生した。ギリシャとトルコの希土戦争は1924年に終わるが、これが第一次世界大戦に直接起因する最後の戦争である。旧オスマン帝国の崩壊は現代につながる国際紛争の原因を生み出した。アラブ諸国とイスラエルの衝突、キプロスを巡るギリシャとトルコの対立、1980年代のイラン・イラク戦争、1990年代の湾岸戦争とユーゴスラビア紛争、そして21世紀のイラク戦争である。
国際平和への努力
第一次世界大戦による災厄の巨大さを目の当たりにしたことで、国際社会では厭戦感が広がった。戦後の国際関係においては平和協調が図られた。1920年にウィルソン大統領の提唱により人類史上初の国際平和機構である国際連盟が設立され、1925年にはロカルノ条約、1928年には主要国間で不戦条約(ケロッグ=ブリアン協定)が締結された。
しかしながら、これら国際平和のためのさまざまな努力もむなしく、第一次世界大戦の原因と結果をめぐる多くの戦後処理の失敗と、世界恐慌による経済危機により、共産主義がさらに勢力を得て、それに伴いイタリアではファシズムが、ドイツではナチズムが台頭する。戦争終結のわずか20年後、人類史上類のない被害をもたらす世界大戦が再び繰り返されるのである。
年表
第一次世界大戦ではそれまでの戦争とは比較にならないほど大量の弾薬が消費された
ソンム 1916年
工場で弾薬を作る労働者
銃後では女性や子供も戦争に動員された
アメリカ陸軍の募兵ポスター
欧州における悲惨な戦状が伝えられているにも関わらず多くの若者が入隊した。
ポスターの人物はアンクル・サム。
フランスのハイ・ウッド・セメトリー
イギリスでは赤いポピーが第一次世界大戦における犠牲の象徴とされている1914年
6月28日 - ボスニアでサラエヴォ事件発生
7月28日 - オーストリア=ハンガリーがセルビアに宣戦布告
8月 - ロシア、ドイツ、フランス、イギリスが参戦、タンネンベルクの戦い
8月23日 - 日本がドイツに宣戦布告
9月 - マルヌ会戦
9月2日 - 日本軍がドイツ権益地の山東省に上陸
10月 - 日本軍がドイツ領南洋諸島攻略(日独戦争)
10月7日 - 山東省・済南攻略
11月 - オスマントルコが参戦
11月7日 - ドイツ租借地青島を攻略(青島の戦い)
12月 - デンマーク、ノルウェー、スウェーデンが中立宣言
1915年
1月 - 日本が中華民国にいわゆる21か条の要求を送付
4月 - イープルの戦い。ドイツ軍が毒ガスを初使用
4月 - ガリポリの戦い(- 1916年1月)
5月 - ルシタニア号事件、イタリアがオーストリア=ハンガリーに宣戦布告
10月 - ブルガリア王国がセルビアに宣戦布告
1916年
2月 - ヴェルダンの戦い
5月 - ユトランド沖海戦
7月 - ソンムの戦い
1917年
ドイツ海軍が無制限潜水艦作戦を開始。日本の駆逐艦隊が地中海に派遣
3月 - ロシア革命(2月革命)。暫定政府設立
4月 - アメリカ参戦
11月 - ロシア革命(10月革命)。ボリシェヴィキが権力を掌握
11月26日 - フィンランド独立宣言
1918年
1月 - フィンランドで赤衛軍と白衛軍によるフィンランド内戦が発生
3月 - ブレスト=リトフスク条約締結。ロシアボリシェヴィキ政権が同盟国側と単独講和
8月 - チェコ軍団救出を名目としてシベリア出兵開始。ロシア内戦の激化
9月 - ブルガリアが降伏
10月 - オスマントルコが降伏
11月3日 - ドイツのキール軍港で水兵の反乱が発生。ドイツ革命の開始
11月4日 - オーストリア降伏
11月10日 - ヴィルヘルム2世が退位。オランダへ亡命
11月11日 - コンピエーニュにおいてドイツ軍と連合国軍との間の休戦協定成立。
1919年
1月28日 - パリ講和会議開会。
6月28日 - ヴェルサイユ条約調印。第一次世界大戦終結。
9月19日 - サンジェルマン条約(対オーストリア講和条約)調印。
11月27日 - ヌイイ条約(対ブルガリア講和条約)調印。
1920年
1月10日 - ヴェルサイユ条約発効。国際連盟発足。
6月4日 - トリアノン条約(対ハンガリー講和条約)調印。
8月21日 - セーヴル条約(対トルコ講和条約)調印。トルコ議会、批准を否決。
第一次世界大戦を題材とした作品
小説
アンリ・バルビュス 『砲火』(1916)
エルンスト・ユンガー 『鋼鉄の嵐の中で』(1920)
エーリッヒ・マリア・レマルク 『西部戦線異状なし』(1929)
アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば』(1929)
映画
『担へ銃』 1918年アメリカ、監督・主演・脚本チャールズ・チャップリン
チャップリンの代表的な無声映画。内容はコミカルだが、塹壕での日常生活を詳細に描いている。
『西部戦線異状なし』 1930年アメリカ、監督ルイス・マイルストーン、主演リュー・エアーズ
エーリッヒ・マリア・レマルクの同名小説を映画化。世界最初の反戦映画とも呼ばれており、日本で初公開された時は検閲で多数の場面が削除された。この年のアカデミー賞で作品賞など二部門受賞している。なお、主人公が狙撃される有名なラストシーンは原作には存在しない映画オリジナルのものである。
『武器よさらば』 1932年アメリカ、監督フランク・ボーゼイジ、主演ゲイリー・クーパー、1957年アメリカ、監督チャールズ・ヴィダー
1929年に発表されたアーネスト・ヘミングウェイの同名小説を映画化。第一次世界大戦のイタリアを舞台に、アメリカ人のイタリア兵フレデリック・ヘンリーとイギリス人看護婦キャサリン・バークレイとの恋を描く。ヘミングウェイ自身のイタリア北部戦線での従軍記者としての体験をもとにしている。
『大いなる幻影』La Grande Illusion 1937年フランス、監督ジャン・ルノワール、主演ジャン・ギャバン
『突撃』 1957年アメリカ、監督スタンリー・キューブリック、主演カーク・ダグラス
『アラビアのロレンス』 1962年イギリス、監督デヴィッド・リーン、主演ピーター・オトゥール
主人公のトマス・エドワード・ロレンスはイギリスの情報部員将校としてアラブ義勇軍と行動を共にした。アラブ独立を約束したにもかかわらず、イギリスは秘密裏にフランスとサイクス・ピコ協定を締結。戦後中東地域は列強により分割され、アラブ世界の独立を願ったロレンスの夢は裏切られた。
『青島要塞爆撃命令』 1964年日本(東宝)
青島のビスマルク要塞を攻撃する草創期の日本海軍航空隊を描く。
『ジョニーは戦場へ行った』 1971年アメリカ、監督ダルトン・トランボ、主演ティモシー・ボトムズ
『誓い(原題:ガリポリ)』 1982年オーストラリア、監督ピーター・ウィアー、主演メル・ギブソン
オーストリア軍の兵士として戦争に参加した2人の若者の姿を通じて、ガリポリ戦線における悲劇を描く。
『ザ・トレンチ―塹壕―』 1999年イギリス
ソンムの戦いでの塹壕戦を描く。
『ロング・エンゲージメント』 2004年フランス、監督ジャン=ピエール・ジュネ、主演オドレイ・トトゥ
西部戦線での塹壕戦の様子がリアルに描かれる。
『戦場のアリア』 2005年フランス・ドイツ・イギリス合作
大戦中のクリスマスイブ、フランス前線各地にて「クリスマス休戦」が行われたという。
『バルトの楽園』 2006年日本(東映)
板東俘虜収容所でのドイツ兵と地元住民との交流を描く。
『フライボーイズ』 2006年アメリカ、監督トニー・ビル、主演ジェームズ・フランコ、ジャン・レノ
アメリカがまだ中立の立場を崩さない中、自らの意思でフランス軍に参戦したアメリカ青年たちの実話を元に、70億円の制作費を投じて描かれたフライトアクション。
^ Evans, David. Teach yourself, the First World War, Hodder Arnold, 2004, p.188
^ タックマン『八月の砲声』
^ 「ウィリーとニッキー」書簡として知られる。
^ ドイツとの建艦競争と植民地を巡る対立から、ベルギーの中立に関わらずイギリスの参戦は不可避だったとの意見も存在するが、これは誤りである。首相ハーバート・ヘンリー・アスキスの書簡により、もしドイツ軍がベルギーの南部だけに侵攻したならば参戦はしなかったが、全面侵攻により具体的な閣議の討論を伴い参戦を決意したことが確認されている。アスキスのこの書簡集(と言うより不倫相手に当てたラブレター集)は出版もされている。
^ 樺山紘一・木村精二・窪添慶文・湯川武(編集委員)「クロニック世界全史」P.935 1914年7月28日「オーストリアがセルビアに宣戦布告 第1次世界大戦勃発,人類初の総力戦に」(講談社、1994年 ISBN4-06-206891-5)
^ 「NHKスペシャル映像の世紀・第2集大量殺戮の完成」(1995年4月15日放送、日本放送協会)
^ この日を各国では「休戦記念日」と呼び祝っている。